長崎の自動車マナー



長崎の自動車マナーはあまり評判が良くない。僕自身も特殊だなとは思う。市中心部は、大量の車に加え、路面電車までもが走っているので、そのカオスぶりは慣れないと恐怖である。未だに、一方通行や右折禁止、左折レーンなどが突然現れて、あらぬ方向に進んでしまうことも多い。しかし郊外に出ても「長崎ルール」とも呼んでも良い特殊な運転ルールがある。

その一つは、山がちの土地事情にもよるのだろうが、片側2車線が1車線に減る場所が多くあり、そういう場合は、減少のずっと前から、片側の車線に車がならび、もう片方のやがて消滅する車線には車は並ばない。こちらに来てすぐの時は、「空いてるやーん」と消滅するとは知らずに突入し、やがて「こういうことだったか」と納得することが多かった。理由としては、減少の直前で合流するのを避けるねらいがあると思うのだが、おそらくこれは、消滅レーンにいる人が、継続レーンに「入れてもらう」のが気が引けるからだろう。そしてまた継続レーンにいる車が、消滅レーンから入ろうとする車を「入れない」といういやがらせも長崎では多く目にする。継続レーンにいる車にしてみれば、「消滅レーンを悠々と進んできた車を、なんで並んできたワシらが入れなあかんねん」という心理があるかも知れない。消滅レーンを進んできた車も、その心理を推し量ってか、入るのに気が引けるし、そもそも消滅レーンを進むことを避けようとする。つまり「だれも得をしてはならない」という平等意識の表れかと思う。

 もう一つの例として、道路沿いの駐車場から向こう側の車線に入りたい車のひどい振る舞いがある。やはり土地事情が絡んでいるのかも知れないが、片側1車線で間断なく車が通る道が、長崎には多い。そんな道において、手前の車線と奧の車線の通行がうまいぐあいにとぎれるなんてことは滅多にない。そこでドライバーはどうするかというと、手前のレーンの通行がとぎれたら、迷うことなく進入し、奧の車線の通行が止むのを(入れてくれるのを)待つという手法。待っている間に手前のレーンに車が来たら、来た車は当然ながら不条理な停止を強いられる。一方奧の車線の車は、このように道路に頭をつっこんでいる車を見たら、入れてやることが多い。しかし僕自身は、「これは路肩で待つのが当然だろう」という意識が強いので、そういう「強引」に思える車を入れた記憶は無い(走行車線が渋滞気味で、タラタラとしか進まないときは、止まるのも苦にならないので入れることもある)。しかし道路事情を考えれば、そうでもしないと奧の車線にはいつまでたっても入れないわけで、仕方のない行動なのかも知れない。そして奧の車線の車が入れてやるのも美徳と言えなくもない。しかしそれでも進入車両の強引さが目立ってしまうんだよなぁ。

 最後にちょっと良いなと感じるマナーを紹介したい。これは諫早から大村に入る国道34号線に、斜め後ろから県道かなにかが信号もなしに合流する場所でのこと。たとえれば、高速道路にICやSAから車が合流するような形と同じだ。その合流地点は、時間帯によっては国道ももう一方の道路も混雑し、国道が主車線のため、通常なら国道の車が空いたときにもう一方から進入するのだが、混雑すると国道の車がトロトロどこまでも続き、もう一方からは永久に入れない。しかしこのとき、国道側の車に不思議な心理が働き、「国道の車が一台進んだら、そのうしろにもう一方の道からの車を入れてやる」という暗黙のルールができあがるのだ。そんな自然発生的な譲り合いの心、すばらしい。